平井さんぽ

Blog

あわしまさん

2022.09.22
3連休、紀伊半島、和歌山へ行ってきた。

結婚25周年記念というところだろうか・・。

かねてから気になっていた加田の淡嶋神社に参拝してきました。
全国の淡嶋、粟島、の総社で
1700年受け継がれた伝統があるそうです。

平井園の隣にも、なぜか昔から阿波洲神社(アワシマ神社)がありまして、そのルーツを探るべく紀伊の国まで飛んできた。

関空から淡嶋神社まで車で1時間ぐらいですかね。 台風も近づいていたこともありますが、海が泡でシュワシュワしていて、遠くには神々の島が・・。
まさにアワシマ!

「あわしまさん」のルーツは海の神様でもあったんだねぇ・・。
祭神は小彦名命
裁縫、医術、製薬などを教えたり温泉を開いたり多くのことをなさったそうな・・。


針供養の祠
女神 頗梨采女(ハリサイニョ)も祭神である。 ということで二月八日は針供養の日
女人の病気平癒や安産、子授けなど医薬の神様、航海安全の守護神として知られています。


また、日本の長い歴史の上に今なお生き続けている、「雛まつり」も淡嶋神社が大元なんですね。
たくさんの美しい神話が語り継がれています。
境内には所狭しと、たくさんの人形が供養されています。
ちょっと怖いのですが・・。
美しさと恐怖って表裏一体なんですね。

結婚25周年
あと25年ぐらい・・。よろしくお願いいたしまーす。

御門訴事件 史跡巡りツアー

2022.09.09
 御門訴事件ってご存じですか?

「門訴」とは門前での武器を持たない訴え
「強訴」は一揆や打ちこわしなど暴力的な訴え
強訴はとても罪がおもかったそうです。

今から約150年前、この辺の上保谷新田を含む12ヵ村の農民たち数百名が県庁まで、苦しい実情を訴えに「門訴」に行きましたが、武力鎮圧され多数の負傷者がでました。


9月入ってだいぶ涼しくなったので
御門訴事件史跡巡りツアーを企画して自転車でフィールドワークいってきましたよー

まずは阿波洲神社集合からのスタート。
関前新田の井口庄司とともに御門訴リーダー、ツートップの一人、平井寅之助、のちの週作がかつて村の有力者であったころ、上保谷新田の方々で建てた社殿があります。
伝説の庭園「康楽園」にまつわる話もあったりして・・。。
その面影は、今はなにもなく・・。

現在は新町の鎮守様として五穀豊穣をお祈りしております。


招魂搭 事件から10年後の明治12年に建てられました。
御門訴事件との関係を示す記述は一切見られませんが、書き込まれている氏名から推測して犠牲者を鎮魂するために建てられたと考えられている。


倚鍤碑 井口家の犠牲者を慰霊するために建てられたそうです。 門訴のリーダーの一人として活躍して非業の死をとげた井口庄司の霊を慰める石碑でして
村に返還された資金によって建てられたという話もある。

このような大事件となった品川県の社倉制度は施行から、わずか2年の1871年(明治4年)に終わりました。 この間徴収された社倉積立金は1880年(明治13年)になってようやく村に返還されましたが、米の備蓄失敗(ネズミに食われる被害)や運用損などで約6割が損失してしまいました。

碑文は中島信行によって書かれています。この地が神奈川県になったときの県知事で自由民権運動家、初代衆議院議長、明治の名文家として名を残しています。

深大寺街道を北上して 馬頭観音文字搭を見学~
近所に馬捨て場があったようですね。


田無神社に立ち寄ります。

将軍山の石碑
田無神社の北参道の入り口には、かつて伝説の庭園「康楽園」の築山に据えられていた将軍山の石碑が安置されています。
裏には平井週作の名前も彫られていますが、なぜか巡り巡って田無神社に据えられています。
賀陽宮司には感謝ですね。


稗倉
田無村に入り、下田半兵衛さんの稗倉を見学

役人と農民の間の位置する立場の半兵衛さんは、この事件でも語りつくせぬ重要なポジションのお方。
御門訴事件にまつわる様々な話もあり、葛藤、苦悩があったことが想像できます。


その後、西東京市郷土資料室で御門訴コーナを見学


撃剣家 並木綱五郎の墓 
幕末は剣術をめぐる交流が盛んになり、村を自衛したそうです。
墓石に刻まれた門人名を見ると、田無、関前、西久保、境などを中心に近郷の村々の名前。 門人が広範囲から訪れていたことが窺える。


八反歩があったと思われる辺りを眺める。
庚申橋から、くぬぎ橋あたりと言われています。
なぜここに集結したのだろう?
500人とも700人とも言われていて

男どもの雄たけびが聞こえてくるようである。
今はサッカー部の声が轟いている。


小金井公園のコスモス畑を、時間がないのでピューっと通り過ぎます。
夏ももうすぐ終わりですね~


真蔵院到着~
新田のリーダーたちによる御門訴の会議が行われた、ゆかりの地である。
ご住職からは御門訴事件の一部始終をお話しいただきました。

川崎兵右衛門の功績もご説明いただきました。


その後、桜樹接種碑を見学
「さくら折るべからず」槐字道人(下田半兵衛富宅)
裏面は削られている箇所もあり、残念でしたね。どんな理由にせよ、文化財は大事にして欲しい


二本松
御門訴事件で捕縛された若者が赦されて村に帰ってきたときに記念に植えられたと言い伝えられている。 150年前といいますと新橋~横浜間で蒸気機関車が開通したころ
この辺の村々ではいったい何があったのでしょうか。
御門訴事件は明治から急速に発展する自由民権運動の先駆けになる民衆運動である・・。っていう人がいたけど、そりゃ言いすぎだよなぁ

むしろ、その前の段階の話だよね

苦しさ故、訴えに行った話であって・・。当時はまだ選挙権もないし、人権が無いような時代。そうするしかなかったんでしょう。

150年前の人々が何を思い、いかに行動したのか・・。

でも、この話から読み取れるポイントは多々あると思ってまして・・僕はね
人間模様とか・・。現代にも似たような、あるある話がありそうで

今回、この企画をするにあたり、いろいろ取材をして、気になる話を聞きました。
「戦前は御門訴のことはそれなりに伝えられてた・・。」らしいのです。
戦争(太平洋戦争) が近づくにつれて、お上に逆らった話ともとれる御門訴の話はタブー視されていったそうで、そんな空気になっていったそうで・・。


現在は、教育教材や郷土史研究、朗読劇などの分野で「御門訴事件」を後世に語り継ぐ活動が行われていまが、地域やそれぞれの立場で見方や解釈が異なっているのも事実です。
私は御門訴の話は、そんなに悪い話ではないと思っているので、できるかぎり後世へ伝えていけたらと思っています。

郷土の歴史をしれば、面白い発見もあって、先人の苦労があって我々が生きているんだなぁと、思ったりして・・。


秋の一日、御門訴の史跡、自転車で廻ってみてはいかがでしょうか。

大泉堀ウォーク

2022.05.07
全国の暗渠ファンの皆さん、こんにちは!

 新緑まばゆい季節

お散歩しましょ! 緑やお花は私たちにたくさんのことをもたらしてくれます。
ここ2年、西東京市は暗渠だらけだ、ということを知りました。そして暗渠さんぽは面白い!
そんなコロナ渦でした。

お仲間に誘われて、行ってきました。
「大泉堀ウォーク」
駅前の高層ビルと農家の納屋の土壁の風景とか

ふだんは車で通りすぎてしまう道も、さんぽしながら見回していると面白い発見もあるものです。
AM9:00 ひばりヶ丘南口に集合!
まずはじめに、郷土史研究家の滝島俊さんから大泉堀の源流だったと思われる場所の説明がありました。

この辺は又六地下水堆という大きな水堆の上にあたるエリアで、大雨の時そこから流れができて川になっていたそう。
下保谷のシマッポと呼ばれていたそうです。
現在確認できる暗渠開始部始点にたどり着く
保谷志木線の踏切のあたりである。 振り返るとひばりヶ丘のビルがランドマークのようである。
ところどころグレーチング部分から水の流れを見たり音を聞いたり。
べつに倒れているわけではない。
スマホ落っことさない様、気をつけましょうね


路傍には、ときより南妙法蓮華経の題目の石碑が現れます。
天神社と福泉寺、両方にも建ててある題目の石碑は路傍にも三基が現存しており、下保谷村の日蓮宗教圏の様相を如実に伝えています。
このへん来ると、樹林も多くて、どこかなにか空気感の違いを感じます。


天神社に到着 建築の細部にも彫刻が施され、漆喰にも高い左官技術が覗えます。
かつて天神社は「番神様」(バンジンサマ)と呼ばれていました。

創建は天正期(推定)とされ、明治元年(1868年)の神仏分離令により祭神を三十番神のなかの一柱である菅原道真に改めて現在に至っています。
狛犬かっこよいです。

河岸段丘の痕跡を見ることができます。

武蔵野台地の平野にはところどころ水が湧いていて、細い支流が少しずつ合流して東の方に流れて、いずれ大河となり東京湾へ向かうのですね。
宮ノ脇川が大泉堀に合流します。
大泉堀もいくつかの小川が流入して、白子川に注ぎ込んでいたようです。
大きな屋敷林を眺めて一息ついて
暗渠を覗くときれいな水の流れに癒やされます。

大泉堀ウォーク その2

2022.05.06
 家でじっとしていないで町へ繰り出しましょ
歩いていると不思議と良い考えとか浮かんでくるものです。

今回の暗渠ウォーク、気候にも恵まれました。
オオムラサキツツジが満開
招霊木(オガタマノキ)

バナナの香りを漂わせます。
霊を招く木なんて・・。なんか出そうですね。
さらに一行は暗渠を突き進みます。


やはり文明文化は川沿いに伝わるのですね。

白子川周辺地域には川と共に歩んだ、ぶ厚い歴史があるようです。
法華経の教線が中世後期に白子川を遡り教えを広めた痕跡があり
このへんは日蓮宗教圏でして日蓮聖人が巡礼に訪れたという話もある。


保谷山福泉寺を訪れました。
和尚様に案内されて、特別に三十番神を見学することができました。
写真は西東京市webから転載させていただきました。
Copyright(c)Nisitoukyo city.All raight reserved.

明治政府に焼却処分を命じられた三十番神は、住民が密かにこっそり持ち出して福泉寺に安置して現在に至っている。

西東京市指定30号の文化財である。

先人の苦闘が伝わってくるようで下保谷村における江戸末期から明治、そして現在に至る、地域の信仰を物語る貴重な歴史遺産だと思いました。
和尚さまからは番神様にまつわるお話、人々がこの地に住み始めて800年以上の歴史があることなど貴重なお話をお聞きできました。

文化材を守ることは大変なことなんだなぁ・・。と改めて思います。
福泉寺の御住職には感謝いたします。
ありがとうございました。


そこから一行はコンビニで休憩~。
ガーデニングの素晴らしいコンビニでしばし休息。
バラが咲き誇っていました。
大泉第4小学校付近は竹の子憩いの森公園のほうへ迂回しなければなりません。
大泉方面に近づくと暗渠も緑道として整備された感じになります。

白子川接続部に到着~。
本流の水はきれいですね。

あれほど流れていた大泉堀、最期の吹き出し口からはチョロチョロ出ているぐらいでした。
水は・・。?どこに行ってしまったのか?
でも耳をすますと吹き出し口から水流の音が聞こえるね。
どこかに導水しているのかもね・・。

さらに整備された緑道を下っていくと小泉牧場が現れます。
23区内に唯一残る酪農牧場を見学 すぐそばの東京ワイナリーで清瀬のシャルドネで一杯。
キリッとして爽やかなお味でした。
保谷駅方向に戻りながら妙福寺を見学
大泉地区の日蓮宗の本寺で格式高いお寺です。
なかなか見応えあるお寺です。桜の季節にまた来てみたい


保谷駅方向へ帰る途中、大きな沢庵樽を飾っている農園を発見。 このへん練馬大根ですもんね。
沢庵石らしき石垣とかも時折見かけます。

保谷駅のバルで打ち上げ打ち上げ
クラフトビールで乾杯!
10キロ歩いて、ほどよく疲れてからの一杯は体に染み渡ったねぇ。
ほろ酔いの帰路で見た東伏見坂下の夕焼け
良い夕暮。

日が長くなったなあ

約25000歩
さんざん歩き廻って疲れたので今夜はぐっすり寝れそうです。


追記
で、はじめ。ヤギベの中村君に暗渠ウォークのことを聞いて「それは面白くないと思う・・。たぶん流行んないよ。」とか言ってた私ですけど
行ってみたら意外と面白くて・・。

気がつけば半世紀近く地元に住んでて、いいオッサンになってたけど、通ったことない道とか、景色とか、初めて聞く話とか、いろいろ発見があってね。中村君は「よかった探し」とか言ってたっけ。
それからというもの、水路と旧道とか気になって気になって(笑)

とりあえず、次回の町ブラ企画を楽しみにしている自分がいたりします。

宮崎熊本いってきたさ

2022.04.30
 母上もついに免許返納~ってことで
買い物や家族の送迎などいろいろ助かりました。
感謝しております。

そんなわけで乗らなくなったマーチ、九州にいる長女が乗りたい!との希望で宮崎まで届けることにした。
陸送便で車を配送することもできたが、旅がてら、カーフェリーで届けることにした。

モータースで点検整備、ヘッドランプはハロゲンに取り替えたから視界くっきりである。
神戸発なので深夜に西東京からひた走る、神戸までも結構距離あるね。

出発まで時間もあったので神戸の町を散策。中華街もあるから異国情緒がある。
まだ時間もあったので兵庫県立美術館も寄ってみる。安藤忠雄さんの建築、造形美もすばらしい。
古代エジプト展、見応えありました。

神戸から出航!フェリーで12時間、一人酒なんかしながら一晩過ごし、大浴場もあって快適で、船旅も良いものだ。

長女とは久しぶりの再会である。
まぁラインもあるから離れてる感じもしないけどね。。

元気そうでなにより
とりあえず地元で有名なチキン南蛮で昼食。
美味しかったけど、量が多い。でも店主の心意気は伝わってくるものがある。
娘とは日南海岸、青島神社あたりを散歩して、お昼を食べてお別れ。どうぞご無事で元気にやってくだされ。

そこから高千穂に向かう。
神が降臨しそうな美しい渓谷である。

阿蘇の温泉宿に向かう。
雄大な景色。
心が広がった。 ここしばらく、あんな雄大なとこ、行ってないもん。

世界が平和になったら、またあちこち行きたいなぁ。 東京に帰ってきてから噴火警戒レベル3に引き上げられたと聞いた。
いゃ~雄大だね。九州
貸し切り風呂の温泉宿も良かったね。
阿蘇周辺はとにかく水がきれい。湧水地があちこちあるのでペットボトルに汲んで飲みながらドライブ。

天草へ向かう。

道中、粟嶋神社(あわしまじんじゃ)を2カ所も発見したので立ち寄って参拝してきた。
やはり、アワシマサマは女性の守り神のようである。
ミニ鳥居を潜ると御利益があるそうで・・。
天草に着く。小さな島々が沖合にみえて風光明媚なところでした。
キリシタン文化遺産の島々は美しい。
やはり歴史のある土地は浪漫があって面白いですね。
あちこちにキリシタンの痕跡、遺構が残っていました。 崎津教会は畳のお座敷の教会であった。
その晩は下田温泉に宿泊
海の幸をたらふく味わいました。
たまり醤油と地元で採れた鯛などはとても相性がよく美味しかったです。 あっさりとして旨味のある鯛に、少しだけ、たまり醤油をつけるとコクがでて口の中でマッチングします。
ちょっとだけね。

日本酒は正月ぐらいしか飲まないので、皆さん日頃は米焼酎だそうだ。
気温も高いから保存の関係だろうか・・。
翌朝は
イルカウォッチング!
天草はこんな楽しみ方もある。
船に群れで寄ってくる。天然のイルカたちは一体なにをしているのか・・。餌をやる訳でもないのに。
犬のようにじゃれてくる。感動した。

最期に温泉に入ってきた。
九州は温泉も素晴らしいですね。

駆け足の旅でしたが、またこんど一週間ぐらいのんびり廻り鯛

長女も22才、おめで鯛ね。
九州は道路が良いからスピード出やすいから
どうぞ安全運転でお気をつけなさいまし~

前の5件へ